2009年11月10日 (火)

■2009.1111・12・13〔忌明け祓〕プチ祝詞講座:忌明け祓 

身内に不幸のあった場合は神事や祭礼への関与は遠慮する。
ただし五十日を過ぎれば忌明けとなるので、
神職の祓を受けて復帰出来る。
これは亡き人のみたままつりに区切りを付けるものである。
「忌中は鳥居を潜るな」とする言い伝えがある。
これを勝手に解釈して鳥居を避けて神社に参拝するというのは
誤りである。
私の氏子にも「喪中は神札を一年間まつらない」と言う方がある。
それでは却って失敬だ。いずれも忌明けが済めば許されること
なのである。気に掛かるのであれば神職の祓を受ければよい。

掛(か)けまくも畏(かしこ)き祓戸(はらへど)の
四柱(よはしら)の大神(おほかみ)たちの御前(みまへ)に
慎(つつし)み敬(ゐやま)ひも白(まを)さく、
此(こ)の郷(さと)の氏人(うぢびと)○○○○い、
先(さき)つころ葬儀(はふりのわざ)果(は)て、
五十日(いそか)がほど籠(こも)りしも、
今度(こたび)忌(き)の明(あ)けぬるを以(もち)て、
今(いま)し御前(みまへ)に祓(はらひ)受(う)けむとする状(さま)を、
御心(みこころ)も平穏(おだひ)に諾(うべな)ひ給(たま)ひ、
科戸(しなど)の風(かぜ)の天(あめ)の八重雲(やへぐも)を
吹(ふ)き掃(はら)ふが如(ごと)、諸々(もろもろ)の罪(つみ)・
穢(けがれ)・災(わざはひ)をば祓(はら)ひ清(きよ)めて、
元(もと)つ務(つとめ)に戻(もど)さしめ給(たま)へと

読み:
かけまくもかしこきはらへどの
よはしらのおほかみたちのみまへに
つつしみゐやまひもまをさく、
このさとのうぢびと○○○○い、
さきつころはふりのわざはて、
いそかがほどこもりしも、
こたびきのあけぬるをもちて、
いましみまへにはらひうけむとするさまを、
みこころもおだひにうべなひたまひ、
しなどのかぜのあめのやへぐもを
ふきはらふがごと、もろもろのつみ・
けがれ・わざはひをばはら)ひきよめて、
もとつつとめにもどさしめたまへと

(c)金子善光

祓戸四柱の大神

瀬織津比売(せおりつひめ)
: もろもろの禍事・罪・穢れを川から海へと流す 。
速開都比売(はやあきつひめ)
: 海の底で待ち構えていてもろもろの禍事・罪・穢れをガブガブと飲み込む 。
気吹戸主(いぶきどぬし)
:速開津媛命がもろもろの禍事・罪・穢れを飲み込んだのを
確認して根の国・底の国に息吹を放つ 。
速佐須良比売(はやさすらひめ)
:根の国・底の国に持ち込まれたもろもろの禍事・罪・穢れをさすらって
どこかへ失わせてしまう 。

⇒大祓詞の終わりのほうに出てきますので参照下さい。

蛇足@管理者N

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2009年11月 7日 (土)

■2009.1108・09・10〔諸厄祓〕プチ祝詞講座:諸厄祓

神社にはやや異なった相談で訪れる方がある。
心霊写真の悩みなどもその一つである。
先日見えた方の場合は、
明らかにカメラのブレが原因だと解ったのでその旨伝えた。
「でも周囲に妙なことが起こるので気持ちが悪いから
祓って欲しい」とのことである。
そこで諸厄祓を致しましょうと提案した。

〔プチ祝詞講座〕:諸厄祓
御氏子(みうぢこ)○○○○い、
近頃(ちかつころ)身(み)の回(まは)りに煩(わづらは)しきこと
出来(いでき)侍(はべ)れば、
専(もは)ら大御蔭(おほみかげ)を
蒙(かがふ)り奉(まつ)るほかはなしと、
今(いま)し大前(おほまへ)に参来(まゐき)て、
事(こと)の由(よし)告(つ)げ奉(まつ)る状(さま)を、
平(たひら)けく安(やすら)けく聞(き)こし食(め)して、
此(こ)のooooが憂(うれひ)をば祓(はら)ひに
祓(はら)ひ和(やは)しに和(やは)し給(たま)ひ、
今(いま)より後(のち)は菅(すが)の根(ね)の
弥(いや)清々(すがすが)しく過(すぐ)さしめ給(たま)へと

読み:
みうぢこ○○○○い、
ちかつころみのまはりにわづらはしきこと
いできはべれば、
もはらおほみかげを
かがふりまつるほかはなしと、
いましおほまへにまゐきて、
ことのよしつげまつるさまを、
たひらけくやすらけくきこしめして、
この○○○○がうれひをばはらひに
はらひやはしにやはしたまひ、
いまよりのちはすがのねの
いやすがすがしくすぐさしめたまへと

(c)金子善光

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2009年11月 4日 (水)

■2009.1105・06・07〔無知〕

「裸の王様」ではないが自分だけが知らないということがある。
街中で前を行く和服の女性の帯が傾いている。
注意しようかと迷って辞めた。
帰宅後、母に尋ねると「粋に結んであるのだ」という。
声をかけていれば大恥をかくところだった。
世間の基準が間違っているという場合もある。
正しさを知るのが難しい時代になった。

(c)金子善光

※エロサイト業者等の低俗書き込みは、ニフティーに通知し削除します。

蛇足@管理者N

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2009年11月 1日 (日)

■2009.1102・03・04〔神輿〕プチ祝詞講座:神輿(みこし)

神様は一即多でいらっしゃる。
そこで〈みたま〉は神社に分祀され、
祭の〈山車〉や〈みこし〉にも遷りなさる。
分祀された祭神を〈わけみたま〉と申し上げる。
同じくらいに重い意味のあるのが神輿の〈みたま〉である。
その〈みたま入れ〉を近ごろはただの儀式としか受け止めず、
神輿に乗る輩もある。
神様に尻を向けて失礼と感じぬほどに感覚は麻痺しているようだ。

〔プチ祝詞講座〕:神輿
一年(ひととせ)に一度(ひとたび)
若(わか)きらが舁(か)き奉(まつ)る此(こ)の神輿(みこし)に
遷(うつ)り出(い)で坐(ま)して、
人々(ひとびと)の待(ま)ち侍(はべ)り、
大御蔭(おほみかげ)蒙(かがふ)り
奉(まつ)らむと迎(むか)へ奉(まつ)る
此(こ)の郷内(さとぬち)に、出(い)で巡(めぐ)り坐(ま)して
霊幸(たまちは)ひ給(たま)へと

読み:
ひととせにひとたび
わかきらがかきまつるこのみこしに
うつりいでまして、
ひとびとのまちはべり、
おほみかげかがふり
まつらむとむかへまつる
このさとぬちに、いでめぐりまして
たまちはひたまへと

(c)金子善光

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2009年10月29日 (木)

■2009.1030・31・1101〔いろいろな願い事 〕プチ祝詞講座:いろいろな願い事

事情があって私の神社では正月しか絵馬を出していない。
普段は〈神様への手紙〉を利用願っている。
昔ながらに「合格出来ますように」とか
「良縁がありますように」とか「病気が治りますように」とか
いうのがある中に、「早く楽になりますように」というのもある。
心の病なのか、或は重篤な患者の身内の代参なのかと気に掛かる。
中学生の「早くレギュラーになれますように」とか
「両想いになりますように」という若い願いもある。
神様にお見せした後は祝詞を奏上し、焚き上げを行っている。

〔プチ祝詞講座〕:色々な願い事
「神様(かみさま)への手紙(てがみ)」に
記(しる)し侍(はべ)れる交々(こもごも)の思(おもひ)をば、
見(み)給(たま)ひ聞(き)き給(たま)ひて、
最(いと)もよき道(みち)を示(しめ)し導(みちび)き給(たま)へと

読み:
「神様(かみさま)への手紙(てがみ)」に
記(しる)し侍(はべ)れる交々(こもごも)の思(おもひ)をば、
見(み)給(たま)ひ聞(き)き給(たま)ひて、
最(いと)もよき道(みち)を示(しめ)し導(みちび)き給(たま)へと

(c)金子善光

※〔注〕:「神様への手紙」は金子宮司の神社で行っているもので、
専用の用紙に参拝者の願い事を書いて箱に入れ、それをあとで
金子宮司が中執り持ち、祈願します。一種絵馬のような感じで
人知れず気軽に書くことができるため、年齢を問わず多くの
願い事が寄せられます。   蛇足@管理者N

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2009年10月26日 (月)

2009.1027.28.29〔価値観〕

小学校を卒業して五十年が過ぎたので先ごろ同窓会を開いた。
幹事役の旧友は病気のせいで視力を失っている。
その彼が参加勧誘の電話を掛けた中に
「そんな詰らないことをまだやっているのか」という
返事があったという。
仕事から離れ、
子育てを卒業した老後を「孤独でありたい」と思うか、
懐かしく友と語り合うひと時に意味を見出すか。
価値観の違いは仕方のないところだ。

(c)金子善光

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2009年10月23日 (金)

■2009.1024・25・26〔千歳飴〕

Milky 七五三と言えば千年飴。
私のところでは昔ながらの棒状のはやめてミルキーにした。
結構味がよいのと衣服を汚さないので、
取り敢えずこれで定着している。
大伴家持は「泡沫(みつほ)なす仮(か)れる
身ぞとは知れれども なほし願ひつ千年の命を」
(水泡のような、はかない仮の身であるとは知っているけれど、
それでも願ってしまう。千年の寿命を)と詠んでいる。
拾遺集には詠み人知らずとして「水無月の夏越の祓する人は
千年の命延ぶといふなり」(六月の大祓をする人は寿命が
千年延びるということである)とある。
大祓で茅の輪を潜る際に神職が唱える和歌が三首あり、
その一首がこれである。
幼子の成長を願って祝う行事。
これに出されるのが千歳飴。
縁起担ぎに出たものである。
ところで私の奉務する社に千年神社がある。
昔は「千歳」と書いたそうである。
合祀の際に町名を付けたようだが、
そういえば近隣には「末長」「久末」といった
縁起のよい地名も散見する。

(c)金子善光

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2009年10月20日 (火)

2009.1021.22.23〔七五三〕

五十数年前。
産土社である一宮神社で取られた写真があった。
漫画の主人公「福ちゃん」が被っていたのと同じ角帽で
にやっと笑っている。虫食いで前歯がない。
高揚する気分と華やいだ境内がよみがえる。
撮影した父は既にない。写真も中学時代に隣家からの
貰い火で消えた。
かつて住んでいた横浜の家は前が坂道で、
そこを通る大学生を見ては「お前も大学へ行くか」と尋ねた父。
気が遠くなるほど先の話だと思っていたのに、
七五三の写真と共にセピア色に変ってしまった。

(c)金子善光

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2009年10月17日 (土)

■2009.1018・19・20〔宵宮〕プチ祝詞講座:宵宮

祭の前夜に祭神をお迎えするのが宵宮(宵宮祭)。
遠い昔、わが先人は遠来の客をもてなすのと同じ方法で
神迎えを行った。
旅の疲れを思い酒食を用意して労い申し上げた。
その日は仮設の建物にお泊り願い、
翌日は挙って歓迎の意志表示をした。
前夜の〈もてなし〉や〈労い〉が宵宮、
〈仮設の建物〉が社殿(社=やしろ〔屋代〕)、そして
〈歓迎の意志表示〉が例祭に当る。
祭では神を迎え、〈労い〉〈もてなす〉ことに重きがある。
山車や神輿の渡御は神秘な力を分けて戴くために行う。
ところが近年は神輿渡御に関心が移った。
そこで神輿の〈みたま入れ〉を祭の山場と捉える傾向が強くなり、
宵宮への関心が薄れている。

〔プチ祝詞講座〕:宵宮
此(こ)の里人等(さとびとら)恒例(つねのためし)の随(まにま)に、
大神(おほかみ)を迎(むか)へ悦(よろこ)び奉(まつ)りて、
御前(みまへ)に御饌神酒(みけみき)引(ひ)き据(す)え、
称辞(たたへごと)竟(を)へ奉(まつ)る状(さま)を、
平(たひら)けく安(やすら)けく聞(きこ)こし食(め)し、

読み:
このさとびとらつねのためしのまにまに、
おほかみをむかへよろこびまつりて、
みまへにみけみきひきすえ、
たたへごとをへまつるさまを、
たひらけくやすらけくきここしめし、

(c)金子善光

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2009年10月14日 (水)

■2009.1015・16・17〔文化祭〕

高校・大学時代を通じて没頭したものといえば文化祭だ。
高校時代は映画研究部に属した。
当時は手巻きの8ミリカメラが電動になったと言って
大騒ぎする時代だ。
ビデオカメラやデジタルカメラなど想像もつかなかった。
土曜日の午後は部室(旧階段教室)に集まり、
先輩から16ミリ映写機の操作や切れたフィルムの繋ぎ方を教わる。
文化祭ではその技術を生かして上映会を開いた。
毎年、懲りもせずに黒澤明監督の作品を借り出して来た。
結構、観客も入っていたが、級友の持ち込んだプレスリーの
ライブ映像には負けた。
周りから顰蹙を買ったこともあり、「エルビスのファンはお断り」となった。

(c)金子善光

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