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2008年11月

2008年11月30日 (日)

■2008 1201・02・03 〔プチ祝詞講座〕:いじめの回避

〔プチ祝詞講座〕:いじめの回避
学校や職場で意図的に疎外されている人が多いようだ。
そこで「いじめ排除」の祈願を考えてみたい。
呪いをかけるよりも先ずは神様にお願いしてみるのだ。
〔祈願者氏名〕い、かねて職場〔学校〕にて
意図的(あからさま)なる疎(うと)びにより、
精神(こころ)〔肉体(からだ)〕に痛手を被(かうむ)り
来たれば、常に苦しみ悩みて過ごすこと重なりぬ、
故(かれ)大(おほ)じき恩頼(みたまのふゆ)を
賜(たまは)り、かかる仕業(しわざ)する者をば
払い退(の)け追ひ却(や)らはしめむ
読み:
〔祈願者氏名〕い、かねて職場〔学校〕にて
あからさまなるうとびにより、
こころ(からだ)にいたでこうむりきたれば
つねにくるしみなやみてすごすことかさなりぬ、
かれおおじきみたまのふゆを
たまわり、かかるしわざするものをば
はらいのけおひやらはしめむ
(c)金子善光
※祝詞ドットコムでは皆さんからのリクエストなども
募集しております。

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2008年11月27日 (木)

■2008 1128・29・30 〔プチ祝詞講座〕:試験

Hachimaki

〔プチ祝詞講座〕:試験、本番、競技当日のアガリを克服
本番に弱い人がいる。オリンピックの代表選手の中にも
そういう人がいる。芸能人などでも舞台に上がる直前に
震えが止まらなかったり、極度に緊張する人があるという
から意外だ。
そこで「入試や試合で本領発揮できるように」というので、
「必勝」の祈りを試みることになる。

〔チーム名・選手名・受験者名〕はしも、此度(こたび)
oo競技会・oo大会に出場する〔oo試験を受くる〕こととは
なりぬ、故(かれ)大神が稜威(みいつ)以(もち)て、
積み重ね来たる練習(ならひごと)・磨きたる技(わざ)
〔重ね来たる物学び・倦(う)まず弛(たゆ)まぬ努力〕の
随(まにま)に、本領(もてるちから)をば
有る限り出(いだ)さしめ給ひ、輝かしき結果(いさをし)をば
得さしめ給へ

読み:
〔チーム名・選手名・受験者名〕わしも こたび
oo競技会・oo大会に出場する〔oo試験を受くる〕こととはなりぬ
かれ おおかみの みいつもちて つみかさねきたる ならいごと
・みがきたるわざ ・かさねきたる ものまなび うまずたゆまぬ
ことのまにまに もてるちからをば
あるかぎり いださしめたまひ かがやかしき いさおしをば
えさしめたまへ

〔参考〕
希望する(入りたい)学校 ⇒ のぞめる まなびや

試験 ⇒ ためしのわざ・ちからためし 

(c)金子善光

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2008年11月24日 (月)

■2008 1125・26・27 〔プチ祝詞講座〕:幽霊祓い

〔プチ祝詞講座〕:幽霊祓い

科学万能の時代だが、謎の部分も多い。
幽霊やお化けの類に遭遇する人もある。
迷信だとか非科学的だというのは簡単だが、
当事者にとっては不安の種なのである。
平田篤胤は『仙境異聞』で
「産土の神様が助けて下さるのだ」と言っている。
そこで私どもも勇気を奮って「幽霊駆除」に挑戦してみよう。

〔祈願者氏名〕はしも、折々に己(おの)が
部屋に幽霊現はるるにより、専(もは)ら
大稜威(おほみいつ)に縋(すが)る他はなしと、
慎み敬ひ・乞(こ)ひ祈(の)み奉(まつ)る
状(さま)を、見給ひ聞き給ひて、斯(し)が
幽霊をば祓ひ却(や)り給へ

読み:
〔祈願者氏名〕わしも、おりおりにおのが
へやに かすかなるたま あらわるるにより、
もはら おほみいつに すがるほかはなしと、
つつしみいやまいひ こいのみまつるさまを、
みたまいききたまいて、しが
かすかなるたまをばはらいやりたまへ

参考:
幽霊→かすかなるたま・かくれたま など
化け物→もののけ

それぞれに形容詞をつけるのも良い
(例)悪しきもののけ

(c)金子善光

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2008年11月21日 (金)

■2008 1122・23・24 〔プチ祝詞講座〕:盗難除け

〔プチ祝詞講座〕:盗難除け

治安がよく誰もが正直で、それが美徳であった時代は去ったようだ。
予想外のことが起こる。「盗難防止」などはセキュリティー会社に
頼めばよいということになりそうだが、古来、門口を守る神々があり、
今日なお信仰されている。この神々に泥棒が入らぬように祈るのである。

櫛磐間門命(くしいはまとのみこと)
・豊磐間門命(とよいはまとのみこと)たち、霊(たま)ぢはひ給ひて、
四方四隅(よもよすみ)より入(い)り来(こ)む盗人(ぬすびと)をば、
待ち防ぎ排(そ)け却(や)らひ坐(ま)せ

読み:くしいわまとのみこと とよいはまと の みことたち
たま ちはいたまひて よもよすみより いちこむぬすびとをば
まちふせぎ そけやらひませ

(c)金子善光

Photo Tounannyoke

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2008年11月18日 (火)

■2008 1019・20・21

御酒所

六社例祭の御酒所開きは、毎年助勤者と二班に分れて行った。
今年は二か所を除き、全て自分が祝詞を上げることにした。
祭壇が低い、神饌が揃っていない、玉串の紙垂が裏向け、等々。
文句を言い出せばきりがない。そこで「御酒所マニュアル」を作った。
総代には事前に配り、御酒所ではそのつど渡して説明した。中には
「来る神主ごとに言うことが違うのだから気に掛けることはない」と
のたまう猛者もいたが、来年が楽しみである。神輿のみたま入れ
は三年掛ったが、本来の形に戻りつつあるのだ。

Miki1 Miki2

〔プチ祝詞講座〕
家族に病人が出た場合、慌て迷うのは人の常であろう。
『困った時の神頼み』で代参者が祈願にみえることがある。
医学が進んだ現代でも神慮に縋(すが)りたいことがある。
そこで「病気平癒」では最適の医療との出会いを願うことになる。
               
〔父・母・兄・姉・弟・妹 氏名〕い、
先つころより〔病名〕にて悩み患ひ来ぬれば、
〔代参者氏名〕今し御前に額(ぬか)づき拝(をろが)み奉(まつ)り、
疾(と)く疾(と)く癒(いや)し元つ姿に戻さしめ給へと、
願(ね)ぎ奉(まつ)る状(さま)を、諾(うべな)ひ給ひて、
最々(いといと)よき手立(てだて)・相応(ふさ)しき
医術(くすしのわざ)を得さしめ給へ

読み:〔父・母・兄・姉・弟・妹 氏名〕い、
さきつころより〔病名〕にて なやみわずらひ きぬれば
〔代表者氏名〕いまし みまえに ぬかづきおろがみまつり
とくとく いやし もとつすがたに もどさしめたまへと
ねぎまつるさまを うづないたまいて
くすしのわざを えさしめたまえ・・・

(c)金子善光

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2008年11月14日 (金)

■2008 1116・17・18

境内整備

境内に日露戦争の記念碑がある。
役員に「文化財だから大切にしよう」と話したが
氏子から指摘されて驚いた。
土台がかなり老朽化している。
補修を提案したが費用がネックになってなかなか
進まない。
やむなく「倒れてけが人が出れば責任問題だ」
と説得した。
それから一年、やっと土台の補修工事が終った。
工事担当者の感想は「間一髪だ」であった。
今年は参道の改修工事を始めた。
敷石の凸凹が以前から気に掛かっていた。
これも実現することになり、同時に拝殿前の
段差も解消される手はずだ。

〔プチ祝詞講座〕:事故後の車のお祓い

神社には色々な祈祷依頼がある。
たとえば「事故後の車の祓い」を依頼された場合の
願い方の一例を上げてみよう。

〔祈願者氏名〕伊が日ごとに用ゐる車〔車種・番号〕はしも、
去(い)ぬるo月o日、ゆくりなくも
交通事故(くるまのわざはひ)に遭遇(あ)ひ侍りぬ、
故(かれ)見直し聞き直し坐(ま)して、今ゆ行く先、
かかる禍(わざはひ)あらしめ給ふことなく行き帰らしめ給へ

読み:○○○○い が ひごとにもちいるくるま 〔車種・番号〕わしも、
いぬる 月 日 ゆくりなくも くるまのわざわいにあいはべりぬ
かれみなおしききなおしまして いまゆゆくさき
かかるわざわいあらしめたまうことなくいきかえらしめたまえ

(c)金子善光

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2008年11月12日 (水)

■2008 1113・14・15

初穂〔はつほ〕
農業国日本では米の栽培にはかなり苦労して来ました。わが先人たちは、稲が神々の世界(高天原)から齎〔もたら〕されたものであると信じました。そこで、初春に祈年祭〔きねんさい・としごひのまつり〕を行って五穀豊穣を願い、晩秋には新嘗祭〔にひなめさい〕を斎行して収穫を神々に感謝して来ました。ところで伊勢神宮では新嘗祭よりも早く十月十七日(かつては九月)に神嘗祭〔かんなめさい〕が行われます。新穀を最初に神様に捧げて感謝する祭です。これは〈初穂〉の由来をよく示す例です。『延喜式』の祝詞では随所に〈初穂〉を捧げることが見えます。〈初もの〉を神様や御先祖様にお供えする考えは今日の生活にも残っています。なお〈初穂〉が早稲〔わせ〕であるのに対し、古典祝詞では〈奥手〉(塾した稲)を〈奥〔おき〕つ御年〔みとし〕〉と呼んでいます。これも神々にお供えする米です。感謝の気持ちは「いち早く差し上げ」ることと、「おいしく召し上がって頂く」ことに尽きるようです。
Niiname

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2008年11月 9日 (日)

■2008 1110・11・12

隠〔かく〕れ坐〔ま〕す

神様が社〔やしろ〕に鎮まりなさることを、古典の祝詞では「隠れ坐す」と表現しています。神様はお姿を現わしなさらないので、文字通り「隠れておいでになる」と言ったのです。現代に生きる人々は「見えないものはない」と思いがちですが、果してそうでしょうか。空気は見えないが存在します。人の命は取り出せません。体のどの部分であるとも言えませんが、これまた確実にあります。昔の人々が「社〔やしろ〕には神様がいらっしゃる」と考えたのは実感であったのでしょう。残念ながら現代ではその感覚が徐々に薄くなっているのですが。
Iwato

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2008年11月 6日 (木)

■2008 1107・08・09

ペット

近所のショッピング モールへ行く。一角にペット ショップがある。ショウウインドウには子犬や子猫が愛くるしい姿で動き回っている。我が家でも以前は犬・鳥・兎を飼っていた。親戚・知人や近所から譲り受けたものだ。犬は交通事故や病気で死ぬ。時には野犬狩りにも遭った。家族揃って泣きながら庭に葬ったりペット霊園に埋葬したりした。鳥は猫に襲われるので飼うのを止めた。兎は拉致されて(?)行方不明のままだ。それにしても犬や猫を売り買いする習慣は何時ごろからこの国に根付いたのであろう。
Pet

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2008年11月 2日 (日)

■2008 1104・05・06

七五三
三歳の祝は「髪(かみ)置(おき)」「髪立(かみだて)」「髪(かみ)そぎ」などと呼ばれた。
三歳から髪を伸ばし始めたことによる。五歳の祝は「袴(はかま)着(ぎ)」と言った。
「着(ちゃく)袴(こ)」とも言う。平安時代の貴族は三歳でこれを行った。
五歳の祝としたのは江戸時代以降のことである。七歳の祝は「帯解(おびとき)」である。
男女ともに着物の付(つけ)紐(ひも)を外し帯を締める祝である。
 昔から「七つ前は神のうち」と言う。この歳が子どもと大人との境目というわけである。
童謡(わらべうた)『とうりゃんせ』に「この子の七つのお祝にお札を納めに参ります」
とし「行きはよいよい帰りは恐い」とある。〈お札〉は初宮詣のおりに受けた神札であろう。
また帰りが〈恐い〉のは、「行きは子どもだが帰りは大人扱いとなる」ためで、
「これまでは子どもとして許されたが、今日からは違うのだ」という戒であったのに違いない。節目ごとに幼な子の成長を確める七五三のならわしは、千年以上も続く日本の古い伝統儀礼の一つなのであった。

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