20081221
〔プチ祝詞講座〕:願解(がんとき)(がんほどき)(ねがいさげ)
願いごとを神様に聞いて戴こうとして〈願掛(がんかけ)〉を行った。
何がしかの捧げ物をして神主が祝詞を上げる。
これに次ぐのが絵馬掛け。病気を治したい場合は病気の部分の絵を
描いて社や絵馬殿に掲げた。最も強烈なのが〈お百度〉であろう。
文字通り百回も足を運んで神様にお願いするのである。
社参の距離は徐々に狭められ、遂には境内を行ったり来たりする形が
一般化した。途中で回数が解らなくなると困るので、札や棒を百枚・百本
用意して臨むのである。
さて、願望が成就したらどうするか。
〈お礼参り〉や〈願解(がんとき・がんほどき)〉を行うのである。
再び神前にそれなりのお供え物を用意して神主に祝詞を上げて戴く。
これが〈お礼参り〉だ。
また「ooが成就しました」と絵馬に書いて掛けて来るのが〈願解(がんとき・がんほどき)〉
である。神職は神様に〈返礼〉の祝詞を申し上げる。
去(い)ぬるoo年oo月oo日、
「祈願内容」をば乞(こ)ひ祈(の)み奉(まつ)りしが、
大稜威(おほみいつ)垂(た)れ給(たま)ひし任(まにま)に事成りければ、
「祈願者氏名」い、
今し御前(みまへ)に参上(まゐのぼ)り来て、
嬉(うれ)しみ忝(かたじけな)み奉(まつ)り、
大前(おほまへ)に幣帛代(みてぐらしろ)捧げ奉(まつ)りて拝(をろが)み奉(まつ)り、
事の由(よし)告(つ)げ奉(まつ)らむとするにより、見給(たま)ひ聞き給(たま)ひて、
よみ:
いぬる○年○月○日
「祈願内容」をばこひのみまつりしが、
おほみいつたれたまひしまにまにことなりければ
「祈願者氏名」い、
いましみまへにまゐのぼりきて
うれしみかたじけなみまつりて
おほまへにみてぐらささげまつりてをろがみまつり
ことのよしつげまつらむとすることにより みたまひききたまひて
(c)金子善光
蛇足@管理者N
ドクターコパではないですが最近「願ほどき」という言葉をよく耳にします。
「これだけお願いしているのにまったく効果がない」、「なんで私ばっかり」、
「実際さあ、神様なんていないんじゃないの?」と逆切れ気味になっていませんか。
そういう参拝者も多いはず。そこで今回は金子善光先生にこの「願解き」
に関してお聞きしました。
今ふうに言えば、どんどん神様にお願いのファックスを送り続けて回収しない状態。
メモリーの少なくなったハードディスクにさらにお願いをインストールするような感じ
でしょうか。 願ほどき=デフラグ、リセット、解除・・・ですね。
ちなみに悪い言葉は負の言霊(ことだま)となって蓄積していくので、お願いごとはどんどん効きにくくなっていくそうです。
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