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2009年1月

2009年1月31日 (土)

■2009.0202・03・04〔初午祭〕〔プチ祝詞講座:初午祭(はつうまさい)〕

Inari 初 午
稲荷社では例祭と同じくらいの重みを以て初午祭が行われる。
本来の稲荷信仰はキツネではなく稲や穀物の収穫と関わる
信仰によっていた。そこで祝詞は豊穣を願うものとなる。

〔プチ祝詞講座:初午祭(はつうまさい)〕
今年初(ことしはじめ)の午(うま)の日の
今日の佳(よ)き時に、氏人・崇敬者諸々
参集(まゐうごなは)りて、御前(みまへ)に
乞(こ)ひ祈(の)み奉(まつ)らくは、
此の年も季節(とき)の巡(めぐり)も程(ほど)よく、
里人らが作る作り物を、草の片葉(かきは)に至るまで
豊(ゆた)けく・たわわに稔(みの)らしめ給へと、

読み:
ことしはじめのうまのひの
けふのよきときにうじびと・まめびともろもろ
まゐうごなはりて、みまへにこひのみまつらくは
これのとしもときのめぐりもほどよく
さとびとらがつくりものをくさのかきはにいたるまで
ゆたけくたわわにみのらしめたまひ

(c)金子善光

〔初午(はつうま)〕蛇足@管理者N
※下記色々な検索より参考としました。

今年の初午は2月6日(金曜日)
みずのえ うま

初午とは、立春以後にくる最初の牛の日を初午という。
これは陰陽道からくるもので、「寅・午・戌」の三合火局といって、
太陰暦旧正月は寅月である。その月の午うまの日は、
早春の季にあっても陽気立つ日として祝されるのである。
「戌月は太陽暦で十月」に当たる。これは収穫の秋である。
二月中におとずれる初めての午の日のことを、
初午祭の日として、伏見稲荷大社の春の大祭日とする。
元々は和銅4(西暦711)年の2月の午の日に、
京都の伏見稲荷大社に祭神が降臨したと言われ、
その後全国各地の稲荷社で祭礼が行われるようになった。
稲荷神社は、元々五穀豊穣の神を祭る神社であったが
やがて広く信仰されるようになり、都会では商売の、
漁村では豊漁の守護神として現在も多くの人々の信仰の対象と
なっている。
もともと稲荷神社のお祭りで、稲荷とは「いねなり」の意味から、
五穀をつかさどる「倉稲魂命」(うかのみたまのみこと)が
祀られており、豊作を祈ります。

(雑説)
4月初めの巳の日の菜の花祭りの夜か、初午のいづれかに
雨が降らないと火に祟られるとの俗信がある。
初午の早い年は火事が多いとの俗信がある。
この日を蚕や牛、馬の祭日とする風習がある。
江戸時代にはこの日に子供が寺子屋へ入門した。等

※写真はイメージです。

★稲荷神社での豊作の祭りにちなみ、いなりずしが定番と言われています。

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2009年1月28日 (水)

■2009.0130・31・0201〔節分祭〕

98 ■2009.0130・31・0201〔節分祭〕
節 分
青年会の人々が子供のいるお宅へ出張して節分の
豆撒(まめまき)を行っている。
その出発に先立って奏上する祝詞の一部を御紹介しよう。

〔プチ祝詞講座:節分祭(せつぶんさい)〕
今はしも冬も過ぎ去り春立ち返る季節(とき)の
節目にしあれば、御氏子・青年会の人々、
今日を良き日と選び定め、追儺(おにやらひ)の
式(のり)仕(つか)へ奉(まつ)らむと、
大前に御饌・神酒・種々(くさぐさ)の味(ため)つ物に
福豆(ふくまめ)をも献(たてまつ)りて、
拝(をろが)み奉(まつ)る状(さま)を、
平(たひら)けく安(やすら)けく聞(き)こし食(め)して、
古(ふる)き式(のり)の随(まにま)に忌豆(いみまめ)
打ち投げ、
心邪(こころあ)しき鬼(おに)をば打ち払はむとし侍(はべ)れば、

よみ:
けふはしもふゆもすぎさりはるたちかへるときの
ふしめにしあれば みいうぢこせいねんかいのひとびと
けふをよきひとえらびさだめおにやらひののり
つかへまつるさまを
たひらけくやすらけくきこしめして
ふるきのりのまにまにいみまめうちなげ
心あしきおにをばうちはらはむとしはべれば

(c)金子善光

神社の社頭で「いつまでにお祓いしたらいいの?」とよく聞かれ
ます。そこで今回金子善光先生にうかがいました。
蛇足@管理者N

○厄祓を節分までに行うのは、節分が元々一年の変わり目の日
であったことに由来するものと思われます。
つまり新年の〈厄〉(実は〈神役〉)を免除してもらおうというのですから、
年が改まってからでは遅いわけです。

それが新暦に波及して拡大解釈されるようになると、
一月に厄祓をすべきであるという解釈を生みます。
厳密には、旧暦なら節分までに、
新暦なら大晦日までに、厄祓をするのが正しいということになります。

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2009年1月26日 (月)

■2009.0127・28・29〔神主であること〕

Inu

神主であること
ペット連れの参拝が珍しくなくなったのは何時頃からであろうか。
今年の正月はミニダックスフント二匹を連れた夫婦と声を交した。
人懐っこく愛らしいので、思わず頭を撫でたら、
「神主さんに撫でて頂いてよかったね、縁起がいいね」と
奥さんが言っている。妙な気分の中で遠い記憶が蘇った。
指導教授の神社へ手伝いに行った折のことだ。
古札の焚き上げをしていると老女が手を合わせている。
注意して見てみると私を拝んでいるではないか。思わず襟を正した。
後で総代が言うには隣町の病院長の母堂であった由。
不思議な体験であった。

金子善光

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2009年1月24日 (土)

■2009.0125 〔選挙当選祈願〕

■2009.0125 〔選挙当選祈願〕

今年は衆議院選挙が行われるという。
以前、本務と兼務の神社に三件の照会があった。
A氏は事務所開き、B氏は必勝祈願、C氏は
先方の都合で取りやめた。
A氏は大勝、B氏は辛勝、C氏は落選。
これは結果論なので「神のみぞ知る」だが、
Bさんは僅差だった。
総代いわく「苦しい時の神頼みが効いたのだろう」。

今回は、選挙当選祈願の祝詞について考えてみたい。

〔プチ祝詞講座〕:選挙当選祈願
○○○○い、此度(こたび)○○(国・県・市・町・村)が
選挙(ひとえらひ)に立つこととはなりぬ、
故(かれ)○○(国・県・市・町・村)が民(たみ)に
役立(えた)つ最(いと)も相応(ふさは)しき
人物(ひととなり)ならば、
○○○○が後先(あとさき)をば照らし給ひ、
大御蔭蒙(かがふ)らしめ給ひて、
人に事に行き届かしめ給ひ、
良き結果(はて)へと導き給へ、

よみ:
○○○○い、こたび○○(国・県・市・町・村)が
ひとえらびにたつこととはなりぬ、
かれ○○(国・県・市・町・村)がたみに
えたついともふさはしきひととなりならば、
○○○○があとさきをばてらしたまひ
おほみかげかがふらしめたまひて
ひとにことにいきとどけしめたまひ
よきはてへとみちびきたまへ

(c)金子善光

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2009年1月23日 (金)

■2009.0124・25・26〔再会〕

K17616598221 再 会
正月の神社には懐かしい人々との再会がある。
とは言ってもこちらは名前すら忘れているのだが…。
初宮詣では赤ちゃんだった子が、よちよち歩きで
両親と初詣に来てくれる。
「這えば立て 立てば歩めの親心」、思えば僅かの
間に子供はどんどん成長するのであった。
今年は声を掛けて下さった家族が二組あった。
「七五三で祈祷して頂きました」と母親が告げた家族も
ある。産土の神様にお参り出来る平穏さと幸せとが、
何時までも続くことを祈ったことである。

金子善光

※写真はイメージです。

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2009年1月20日 (火)

■2009.0121・22・23〔祈祷〕

Kannushi祈 祷
兼務社での仕事を終え、本務社へ戻ろうとしていたら、
「厄祓をおねがいします」という方がある。時間が押していたので、
いつもの様な詳細な解説を試みるゆとりがない。
心中で詫びて退出しようとしたところ、
父親と思しき人物が「ああ、すっきりしました。
これでよい一年になります」と謝辞を述べて下さった。
「一期一会」という言葉を噛み締める瞬間だ。

金子善光

※写真はイメージです。

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2009年1月17日 (土)

■2009.0118・19・20〔応援〕

応 援
かつての教え子が二名、毎年手伝いに来て、
巫女を奉仕してくれる。片道二時間の道のりを物ともせず、
大晦日の晩に兼務社に辿り着いた。
あいにく総代が一時帰宅中で誰も居なかった。
私の携帯に連絡が来た。複数の神社と関わっているので、
直ちに出向く訳には行かず、総代会長に連絡して、
とりあえず社務所の鍵を開けて頂いた。このあと彼女たちは、
明け方の二時過ぎまで授与所に詰めた。
そして僅かの仮眠を取り、総代たちと共に元日の参詣者を
迎えるのである。華道や茶の嗜みは参拝者にも伝わったであろうか。

さて

昨日は兼務の稲荷へ小学校の3年生が7名来た。
神社の由来や何故神主になったのか、など鋭い質問ばかりでした。
ちょうど総代たちが神木の剪定をし、堆肥用のチップにする作業をしてたが、
30分だけ機械を止めてくれた。
今後の教化活動として、子供や老人を相手にした内容を考えたい。

金子善光

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2009年1月14日 (水)

■2009 0115・16・17〔断酒 さけを断つ〕

断酒
人間とは弱いもので、酒で失敗すると酒をやめようと思い、
煙草が体に毒だと聞かされると禁煙に走る。
しかし元来が依存的性格なので禁断症状から
抜け出すことも叶わない。
師の神社での体験なので随分前のことだ。
「断酒の祈祷をしてほしい」という女性が神社に見えた。
「あなたがですか」と尋ねると後を振り返って指さす彼方に
彼女の夫がいた。
    
〔プチ祝詞講座〕:禁酒
○○○○伊が妻、今し御前に参上(まゐ)り来て、
斯(し)が夫(せ)の悪しき酒癖をば改めしめむと、
代参(かはりまゐり)に玉串を捧げ拝(をろが)み奉(まつ)る状(さま)を
平(たひら)けく安(やす)らけく聞(き)こし食(め)して、今日より後、
○○○○伊をして強き心以(も)て酒をば断(た)たしめ給へと、

読み
○○○○いがつま いましみまえにまゐりきて
しがせのあしきさけくせをばあらためむと
かはりまゐりにたまぐしささげをろがみまつるさまを
たいらけくやすらけくきこしめしていまよりのち○○○○いをして
つよきこころもちてさけをばたへしめたまへと、

(c)金子善光

*勝ち守(かちまもり)
全国の神社で最近よく見かけるようになった勝守りだが、
単に「スポーツや勝負事」というものにかぎらず
「弱い自分に勝つ」「お酒に勝つ(禁酒)」「タバコに勝つ(禁煙)」
「ライバルに勝つ」「いじめに勝つ」などのご利益をいただけるはず
です。

蛇足@管理者N

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2009年1月11日 (日)

■2009 0112・13・14 〔成人式〕

Seijin1 Seijin2

成 人 式
武家の時代の〈元服〉、
更に遡れば公家の時代の
〈初冠〉(ういこうぶり)が
成人式の原型とされる。
たとえば長崎県の鎮西大社
諏訪神社では、宮司が
烏帽子親(えぼしおや)となり
元服式を復元している。
これでも解るように産土の神や
祖先に誓いを立て、「人と成る」
志を示すところにその意義がある。
本来は極めて精神性の高い行事であり、
大人の仲間入りには不可欠な儀礼であった。
今日では酒を飲んで乱痴気騒ぎをする輩もある。
立志の意義を除外して形骸化させたことへの
反動が、
このような現象を導き出したのではないか。

〔プチ祝詞講座〕:成人式
祖先(おやおや)の道を受け継ぎ、
次代(つぎのよ)に伝へ行く任務(つとめ)
を負ひて、
責任(せめ)をも果さむと志を立て、
御前に事の由を告げ奉(まつ)りて、
世に出(い)で立ち行かむと
誓約(うけ)ふ若人を見そなはせと、

読み:
おやおやのみちをうけつぎ
つぎのよにつたへゆくつとめをおひて
せめをもはたさむとこころざしをたて
みまへにことのよしをつげまつりて
よにいでたちいかむと
うけふわこうどをみそなはせと、

(c)金子善光

※写真はイメージです。

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2009年1月 8日 (木)

■2009 0109・10・11 〔正月〕

 正 月
所謂〈恵方参り〉が初詣の発端だという。
今日ではその初詣に著名社寺へ参るのが
一般化した。
威力ある神仏に願うのは古来日本人が
繰り返し行って来たことだが、それは
よくよくの場合であったものと思われる。
江戸の国学者平田篤胤は繰り返し〈産土〉
の神に祈れと説いている。産土の神は祖父母
のように慈愛の眼差しで産子(うぶこ)を
御覧になっている。そこで先ずは感謝の祈り
を産土様に申し上げたい。

〔プチ祝詞講座〕:今年も良い年で

去年(こぞ)一年(ひととせ)蒙(かがふ)り
奉(まつ)りし大御蔭(おほみかげ)を
忝(かたじけな)み礼(ゐや)び奉(まつ)り、
御前(みまへ)に額(ぬか)づき拝(をろが)み
奉(まつら)くは、此の年も恙無(つつがな)く
平穏(おだひ)に過(すご)さしめ給へと、

よみ:
こぞひととせかがふりまつりし
おほみかげを
かたじけなみゐやびまつり
みまへにぬかづきをろがみまくらくは
これのとしもつつがなくおだひに
すごさしめたまへと

(c)金子善光

今年の恵方は東微北 甲の方向
鬼門のすぐ隣です。
気をつけないと鬼門です。
蛇足@管理者N

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2009年1月 5日 (月)

■2009 0106・07・08 〔どんど焼〕

1 どんど焼
一月の半ばころになると、古札(前年の神札)や注連縄を焚き上げる行事がある。
地域によって呼び名は異なるが、〈どんど焼〉〈さいの神〉などという。
「この火で餅を焼いて食べると一年間は無病息災でいられる」とか、
「習字の半紙を燃やすと字が上手になる」と信じられた。もともと旧正月と関わる
行事であったが、このごろは勘違いして燃えるゴミを境内に持ち込む人が増えた。
環境問題が喧しい割には無頓着で、神様もびっくりなさっていることであろう。

金子善光

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2009年1月 2日 (金)

■2009 0103・04・05 〔歳神:としがみ〕

歳神
神棚には〈天照大御神〉〈産土神〉〈歳神〉をおまつりする。〈天照大御神〉は
伊勢神宮の神様で、全国の神社の総元締めといったところだ。
〈産土神〉は氏神とも言い(本来は別であったが)、〈鎮守様〉などとも呼ばれる
地元の神様だ。
〈歳神〉は最近ではだいぶ信仰が薄れて来たが、元々はこの神様が来訪
なさるので正月の意味があった。〈とし〉は古くは穀物収穫の周期を言った。
次いで中国から入った暦の観念に従って一年二年の〈年〉に重きを置くように
なった。
近代以前の日本人にとっては、正月にお出でになる方が〈お正月様〉であり
〈御先祖様〉であった。
特に穀物の実りをもたらしなさるので〈歳神様〉と呼ばれたもので、いずれも
人々に〈実り〉という〈幸〉を運んで来なさる神と信じられた。
それゆえ大晦日から正月三が日までは、じっとして神様の〈おでまし〉を待ち、
これを歓待申し上げたのである。

金子善光

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■2009 0102 〔おめでとう〕

おめでとう
〈愛玩する〉・〈大切にする〉という意味の古語に〈愛(め)づ〉がある。
これに願望を表わす〈たし〉が付いて出来た語が〈めでたし〉だ。
〈愛玩したい〉〈大切にしたい〉くらいの意である。「おめでとうございます」と
いう場合の〈めでたい〉も元はこれだが、意味がすっかり変わった。
つまり〈めでたし〉とは〈稀〉であり〈貴重である〉ことへの所感なのである。
歳神様や御先祖様が年ごとに来訪して、人々や子孫に〈実り〉や〈幸い〉
をもたらしなさるのが〈めでたい〉(大切な・貴重な)ことなのであった。
それを忘れて「新年なので〈めでたい〉(喜ばしい・結構だ)」と考えるように
なったのは最近のことで、人々が家で待つことをやめて繁華街へ繰り出す
ようになった訳も、この辺りにありそうだ。

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