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2009年2月

2009年2月28日 (土)

■2009.0301・02・03〔ひなまつり〕プチ祝詞講座:ひなまつり

Hina 鳥取の流し雛がずいぶんと世間に知られるようになった。
恐らく古い形であろうという。その源は大祓の形代流しにある。
雛を流すのは幼児の成長や無病息災の願いからだ。
雛人形を屋内に飾るようになったのは中世以降であると伝える。
中国の『荊楚歳時記』(けいそさいじき)などに見える民間習俗が、
わが国固有の信仰と融合したものらしい。

三月三日を祝うのは古代中国の重陽(ちょうよう)という
考えから来ている。
これを雛祭と呼ぶのは日本古来の考えによっている。
雛人形を飾るのは近世に始まったとされる。
それ以前の人形とは〈形代〉(かたしろ)のことであった。
〈ひとがた〉とも言う。
六月・十二月の末に水に流したり焼き捨てる人の形に
裁断された紙のことだ。
フレイザー卿の『金枝篇』には病などを別のものに移して
捨てる未開民族の例を掲げている。
現代人の中にも他人に移すと自分の病気が治ると信じる人が
いるかも知れない。
雑踏や満員電車の中でマスクをせずに咳き込んでいる人を
見るとそんな考えがよぎる。


○○が家(いへ)の愛娘(まなむすめ)○○○○(氏名)が
健(すこ)やなる発育(そだち)をば
乞(こ)ひ祈(の)み奉(まつ)れる親(おや)たちの
篤(あつ)き思(おも)ひは、
所(ところ)も狭(せば)に七段(ななきだ)の
雛飾(ひなかざり)設(しつら)へ、言寿(ことほ)ぎ
豊寿(とよほ)ぎ白酒(しろざけ)以(も)て祝(いは)ひ
侍(はべ)れば、愛(めぐ)し・うむかしと見(み)そなはして、

読み:○○がいへのまなむすめ○○○○が
すこやかなるそだちをばこひのみまつれるおやたちの
あつきおもひはところもせばにななきだの
ひなかざりしつらへことほぎとよほぎしろざけもていはひ
はべればめぐしうむかしとみそなはして


古(いにしへ)の習慣(ならひ)の随(まにま)に
幼児(をさなご)の健(すこや)なる成育(おひたち)を
言寿(ことほ)がむと、雛人形(ひなひとがた)をば
引据(ひきす)ゑ、ひなまつり取り行(おこな)はむとする

読み:いにしへのならひのまにまに
をさなごのすこやかなるおひたちをことほがむと
ひなひとがたをばひきすゑひなまつりとりおこなはむとする

(c)金子善光

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2009年2月24日 (火)

■2009.0225・26・27・28〔菅原道真〕プチ祝詞講座:二月二十五日

Photo_2 全国に一万二千社あるという天神様。
御祭神は菅原道真公である。
江戸時代にはその学才にあやかろうと、
寺子屋でも〈詩文・芸能・書道の神〉
としてまつられた。
後にはこれが〈合格祈願の神〉とされた
のである。
初めは藤原一族に祟(たた)る恐ろしい神と
考えられたが、その神威が次第に新たな
解釈を生んだのであった。
二月二十五日はこの道真公が大宰府で
亡くなった日である。
そこで天満宮や天神社ではこの日を例祭日とする。
私の奉仕する神社にも天神社があったと
『新編武蔵風土記稿』が記している。
着任後に稲荷の神様と同居なさっていたのを
発見して、二百年ほど昔の記述を確認した
ことであった。

〔プチ祝詞講座〕:二月二十五日

百伝(ももづた)ふ八十日日(やそかひ)は
在(あ)れども、
二月二十五日(きさらぎのはつかあまりいつか)
はしも、
天満自在天神(てんまんじざいてんじん)と
崇(あが)め奉(まつ)り来(こ)し
菅原道真公(すがはらみちざねこう)
御(み)ゆかりの日にしあれば、
物学(ものまなび)びの人々を初め斯(し)が
親々(おやおや)も御前(みまへ)に
参来侍(まゐきはべ)り、
恩頼(みたまのふゆ)蒙(かがふ)り奉(まつ)らむと
拝(をろが)み奉(まつ)る状(さま)を、 

読み:
ももづたふやそかひはあれども、
きさらぎのはつかまりいつかはしも、
てんまんじざいてんじんとあがめまつりこし
すがはらみちざねこうみゆかりのひにしあらば、
ものまなびのひとびとをはじめしが
おやおやもみまへにまゐきはべり、
みたまのおふゆかがふりまつらむと
をろがみまつるさまを、

(c)金子善光

○菅原道真の命日は903(延喜3)年2月25日です。
 何か恐ろしい事がおきそうな時などに思わず
「くわばらくわばら」というお年寄りがいます。
 一種の呪文みたいなものですが、昔の人のいう
 恐ろしい事とは具体的に何かといえば、それは「雷(かみなり)」
 昔、無実の罪を着せられ大宰府に左遷された菅原道真公。
 流罪となった2年後に大宰府の地で亡くなった後、
 怨霊となって京の都に様々な災いともたらしたと言われ恐れられました。
 中でも人々が恐れたのが雷。その雷、道真の荘園のあった「くわばら壮」
 だけは何故か落ちなかったという事で、『ここは生家のあった、
 くわばらだから雷を落とさないでください』という気持ちを言霊にして
「くわばらくわばら」と唱えたということです。
(天神様として奉られている道真公。「天神」とはカミナリさまの意味)
 蛇足@管理者N

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2009年2月22日 (日)

■2009.0223・24・25〔雹祭り〕プチ祝詞講座:雹祭

農業には霜や長雨は禁物だが、
雹も突然やって来る困りものなのである。
そこで昔の人々は雹害を防ごうと神々に祈った。
今も行われる雹祭では次のような祝詞を上げる。

〔プチ祝詞講座〕:雹祭

春たけなはなる五月二十日(さつきはつか)の今日はしも、
祖々(おやおや)の
慣例(ならひ)の任(まにま)に、
雹祭(ひようまつり)
仕(つか)へ奉(まつ)らむとする状(さま)を、
平(たひら)けく諾(うべな)ひ給(たま)ひて、
此の一年(ひととせ)に氏人らが作りと作る
種(たな)つ物(もの)を、
春の嵐・雹害(ひようのわざはひ)に
遭(あ)はせ給ふことなく、

読み:
はるたけなはなるさつきはつかのけふはしも、
おやおやのならひのまにまにひようのまつり
つかへまつらむとするさまを
たひらけくうべなひたまひて
これのひととせにうじびとらがつくりとつくる
たなつものを
はるのはらしひようのわざはひに
あはせたまはむことなく、

(c)金子善光

○雹(ひょう)とは

雪の結晶が地上に落ちてくるまでに過冷却の水の粒とぶつかって氷の粒になる事があります。これが溶けずに地上へ到達すると霰(あられ)です。雹は霰がもっと大きく成長したもので、直径5mm以上のものをいいます。

雲のあるところには上昇気流があり、上昇気流が強いと、小さな氷の粒は吹き上げられて落ちてきません。そのうちに水の粒とどんどんぶつかって成長していきます。やがて上昇気流で支えきれなくなるほど成長すると、地上へ落ちてきます。

蛇足@管理者N

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2009年2月18日 (水)

■2009.0220・21・22〔春祭〕 :プチ祝詞講座 春祭

Ogoto1

栃木県の雄琴神社(おごとじんじゃ)の桜祭に参列したことがある。
神事では巫女が筑紫舞を舞い桜の枝を神前にたてまつる。
清々しく心地よい祭であった。
加えて境内の桜木の見事さ。
そしてその下で行われる直会もまた野趣に富んで素晴らしい。
桜は稲穂を見立てたものだと言われる。
秋の豊穣の予祝には欠かせぬ花である。
同じ頃わが新作八幡宮と杉山神社でも春祭を行う。王
朝祭祀の祈年祭(きねんさい・としごひのまつり)に相当する予祝の祭だ。
天候や病虫害から農作物を守ろうとした人々の祈りは今日も
なお受け継がれている。

①冬立ち去り春巡(めぐ)り来たる今日はしも、
春の御祭(みまつり)仕(つか)へ奉(まつ)る
此の里人らが作りと作らむ物を、
悪(あ)しき風・荒き水に遭(あ)はせ給(たま)ふことなく、
農作物(たなつもの)を豊(ゆた)けく
・たわわに稔(みの)らしめ給へと、

読み:
ふゆたちさりめぐりきたるけふはしも
春のみまつりつかへまつる
これのさとびとらがつくりとつくらむものを
あしきかぜあらきみずにあはせたまはむことなく、
たなつものをゆたけく
・たわわにみのらしめたまへと、

②春たけなはの今日の生日の足日に、
此の里の里人ら相集(あひつど)ひ相寄(あひよ)りて、
大前(おほまへ)に種々(くさぐさ)の味(ため)つ物(もの)を
捧(ささ)げ奉(まつ)り
拝(をろが)み奉(まつ)りて
乞(こ)ひ祈(の)み奉(まつ)らくは、
手肘(たなひぢ)に水沫(みなわ)かき垂(た)れ、
向股(むかもも)に泥(ひぢ)かき寄せて、
取り作らむ種(たな)つ物(もの)を、
悪(あ)しき風・荒き水に遭(あ)はせ給ふことなく守り恵み給ひ、
秋の祭にたてまつらしめ給へと、

読み:
はるたけなはのけふのいくひのたるひに、
これのさとのさとびとらあひつどひあひよりて、
おほまへにくさぐさのためつものを
ささげまつりをろがみまつりて
こひのみまつらくは、
たなひぢにみなわかきたれ、
むかももにみなわかきよせて、
とりつくらむたなつものを、
あしうきかぜあしきみずにあはせたまはむことなく
まもりめぐみたまひあきのまつりにたてまつらしめたまへと、

(c)金子善光

※写真は雄琴神社

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2009年2月16日 (月)

■2009.0217・18・19〔渡航安全祭〕プチ祝詞講座:渡航安全祭

Jal

■2009.0217・18・19〔渡航安全祭〕
渡航安全
盆休みや年末年始の休みに海外旅行を計画する人が多い。
列車の安全さと自由さに比べ、飛行機の危険度と
不自由さには大きな差がある。
しかし時間の尺度からは全く逆になる。
より早く目的地に辿り着くためには、
多少の犠牲も仕方ない。
そこでお守を得て出立することになる。

〔プチ祝詞講座〕:渡航安全、旅行安全
外国(とつくに)へと旅立つこととはなりぬ、
故(かれ)行くさ来るさの空路(そらつみち)平穏(おだひ)に、
事故(わざはひ)に遭遇(あ)はせ給ふことなく、
安く平(たひら)けく行き帰らしめ給へと

読み
:とつくにへとたびだつこととはなりぬ
かれゆくさくるさのそらつみちおだひに
わざはひにあはせたまはむことなく
やすくたひらけくゆきかへらしめたまへと

(c)金子善光

★写真はイメージです。

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2009年2月13日 (金)

■2009 0214・15・16 〔プチ祝詞講座〕:バレンタインデー

Photo
〔神道とバレンタインデー〕

プチ祝詞講座:バレンタインデー

本来はバレンタイン聖人に因むつつましやかな日だ。
ところが日本にもたらされると、
女性が男性に愛情を告白してもよい日となった。
これにチョコレートメーカーが目を付け
「チョコレートを贈る日」にしたのであった
(こちらは某チョコレート会社の社長から聞いた
話なので間違いない)。
もっとも日本では、遠い神代にイザナミ(女神)が
イザナギ(男神)に「あなにやしえをとこを」
(ああ何といとしい方でしょう)と言って結婚したという。
既に先を超している。ただしこの神話にはオチがあって、
男から言い直して成功したことになっている。

神伊邪那美命(かむいざなみのみこと)の
神伊邪那岐命(かむいざなぎのみこと)に詔(の)り
給(たま)ひし如(ごと)、己(をの)も
「あなにやしえをとこを」と言(いは)はむと、
この日(ひ)をば待(ま)ちかねては、
チョコレートを作(つく)りまた購(あがな)ひ求(もと)め
来(き)て、さながら万葉人の如(ごと)、
秘(ひ)めし思(おも)ひ伝(つた)へむとする
風習(とつくにぶり)のまにまに、
今日(けふ)はしも誰(たれ)も彼(か)も
心弾(こころはず)ませ浮(うか)るるにつき、

読み:
かむいざなみのみことの
かむいざなぎのみことにのり
たまひしごと、をのも
「あなにやしえをとこを」といははむと、
このひをばまちかねては、
チョコレートをつくりまたあがなひもとめきて
さながらいにしへびとのごと、
ひめしおもひつたへむとする
とつくにぶりのまにまに、
けふはしもたれもかも
こころはずませうかるるにつき、

(c)金子善光

※写真はイメージです。

★今回は金子先生に特別に、バレンタインデーを題材に祝詞にお願いしました。宗教違いではありますが快諾頂いたことに感謝いたします。

下記はバレンタインのHPより引用しました。

バレンタイン・デーは、英語では「Saint Valentine’s Day」、訳せば「聖バレンタインの日」という意味です。つまり、バレンタインというのは、人の名前なのです。どんな人だったかというと・・・。

  西暦3世紀のローマでのことです。皇帝クラウディウス二世(在位268-270)は、若者たちがなかなか戦争に出たがらないので、手を焼いていました。その理由は彼らが自分の家族や愛する者たちを去りたくないからだと確信するようになったクラウディウスは、ついに結婚を禁止してしまったのです。

  ところが、インテラムナ(イタリア中部にある町で、現在のテラモ)のキリスト教司祭であるバレンチノ(英語読みではバレンタイン)は、かわいそうな兵士たちをみかねて、内緒で結婚をさせていました。それが皇帝の知るところとなったから大変です。 しかも、当時のローマでは、キリスト教が迫害されていました。

 皇帝は、バレンチノに罪を認めさせてローマの宗教に改宗させようとしましたが、バレンチノはそれを拒否しました。そこで、投獄され、ついには西暦270年2月14日に、処刑されてしまったということです。(269年という説もあります)。

ローマではルペルクスという豊穣(ほうじょう)の神のためにルペルカーリアという祭が何百年ものあいだ行われていました。

  毎年2月14日の夕方になると、若い未婚女性たちの名前が書かれた紙が入れ物に入れられ、祭が始まる翌15日には男性たちがその紙を引いて、あたった娘と祭の間、時には1年間も付き合いをするというものです。翌年になると、また同じようにくじ引きをします。

  496年になって、若者たちの風紀の乱れを憂えた当時の教皇ゲラシウス一世は、ルペルカーリア祭を禁じました。代わりに、違った方法のくじ引きを始めたのです。それは、女性の代わりに聖人の名前を引かせ、1年間のあいだその聖人の人生にならった生き方をするように励ますものです。

  そして、200年ほど前のちょうどこのお祭りの頃に殉教していた聖バレンチノを、新しい行事の守護聖人としたのです。  次第に、この日に恋人たちが贈り物やカードを交換するようになっていきました。

 蛇足@管理者N

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2009年2月10日 (火)

■2009.0211・12・13〔プチ祝詞講座〕建国記念日

Jinmu

神武天皇(じんむてんのう)を知らない世代が多くなった。
日本神話の中ではストーリーに比較的動きの
あるくだりだ。
歴史学や神話学者には「実在しなかった」と
冷やかに断定する論も多いが、森浩一
『記紀の考古学』は「実在した人物はいなくとも、
実際の生活や伝承があり、これを踏まえた神話だ」と
する。国の始まりは神話であって差支えない。
むしろ国の成り立ちを懐しみ自覚する心こそが大切なのだ。

〔プチ祝詞講座〕

石上(いそのかみ)古(ふる)き神代(かみよ)に、
皇御孫命(すめみまのみこと)は
高天原(たかあまはら)ゆ天降(あも)り坐(ま)して、
代々(よよ)宝祚(みくらゐ)承継(うけつ)ぎ給ひ、
高御座(たかみくら)に坐(ましま)して、
天下(あめのした)・四方国(よものくに)を
ば安(やす)く平(たひら)けく知(し)ろしめす、
故(かれ)斯(し)が礎(いしずゑ)を
築(きづ)き給(たま)へる
神武天皇(かむやまといはれびこのすめらみこと)の
御遺徳(みいさをし)を称(たた)へ奉(まつ)らむと、

読み:
いそのかみふるきかみよに、
すめみまのみことは
たかあまのはらゆあもりまして、
よよみくらゐうけつぎたまひ
たかみくらにましまして
あめのしたよものくにをば
やすくたひらけくしろしめす、
かれしがいしずゑをきづきたまへる
かむやまといはれびこのすめらみことの
みいさをしをたたへまつらむと

(c)金子善光

かつての紀元節日本書紀にある神武天皇即位したとされる日(辛酉年春正月、庚辰朔)に由来している。この日付をグレゴリオ暦に当てはめると紀元前660年(660 BC)2月11日となる。(ウィキぺディアより引用)

現在2009年ですので+660年=2669年前の2月11日に神武天皇が即位した日になります。

蛇足@管理者 N

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2009年2月 7日 (土)

■2009.0208・09・10〔祈年祭〕プチ祝詞講座:祈年祭

Kome 祈 年 祭
二月十七日は祈年祭(きねんさい・としごひのまつり)だ。
秋の新嘗祭(にひなめさい)が収穫感謝の祭でそれに
対応する予祝(よしゅく)の祭である。
古典である『延喜式』の祈年祭祝詞の中には伊勢神宮に
申し上げる内容が記録されている。

※写真は古代米の一種(古代米のHPより引用)

〔プチ祝詞講座:祈年祭(としごひのまつり)〕
辞別(ことわ)きて、伊勢に坐(ま)す天照大御神の
大前に白(まを)さく、
皇神(すめかみ)の見霽(みはる)かし坐(ま)す
四方(よも)の国は、天(あめ)の壁立(かきた)つ
極(きはみ)、国の退立(そきた)つ限(かぎり)、
青雲の靄(たなび)く極(きはみ)、
白雲の墜(お)り坐(ゐ)向伏(むかふ)す限(かぎり)、
青海原(あをうなばら)は棹柁(さを・かぢ)干(ほ)さず、
舟の艫(へ)の至り留(とどま)る極(きはみ)、
大海原に舟満(ふねみ)ちつづけて、陸(くが)より
往(ゆ)く道は荷の緒(を)縛(ゆ)ひ堅(かた)めて、
磐根木根(いはね・きね)履(ふ)みさくみて、
馬の爪(つめ)の至り留(とどま)る限(かぎり)、
長道(ながち)間(ま)無く立ちつづけて、狭(さ)き国は広く、
峻(さが)しき国は平(たひら)けく、
遠き国は八十綱(やそつな)打ち掛けて
引き寄(よ)する事の如く、
皇大御神(すめおほみかみ)の寄(よ)さし奉(まつ)らば、
荷前(のさき)は皇大御神(すめおほみかみ)の
大前(おほまへ)に、
横山(よこやま)の如(ごと)く打ち積み置きて、
残(のこり)をば平(たひら)けく聞(き)こし食(め)さむ。

読み:

ことわきて、いせにますあまてらすおおみかみの
おほまへにまをさく、
すめかみのみはるかします
よものくには、あめのかきたつ
きはみ、くにのそきたつかぎり、
あおくものたなびくきはみ、
しらくものおりまゐむかふすかぎり、
あをうなばらはさを・かぢほさず、
ふねのへのいたりとどまるきはみ、
おほうなばらにふねみちつづけて、りくがより
ゆくみちはにのをゆひかためて、
いはね・きねふみさくみて、
うまのつめのいたりとどまるかぎり、
ながちまなくたちつづけて、さきくにはひろく、
さがしきくにはたひらけく、
とほきくにはやそつなうちかけて
ひきよすることのごとく、
すめおほみかみのよさしまつらば、
にのさきはすめおほみかみの
おほまへに、
よこやまのごとくうちつみおきて、
のこりをばたひらけくきこしめさむ。

(c)金子善光

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2009年2月 3日 (火)

■2009 0205・06・07 〔プチ祝詞講座〕:受験

Juken

受験
かつては梅の開花やフキノトウが早春を告げ、
菜の花でその到来を感じたものだが、
今日では入学試験が初春の風物詩となった。
受験生は挙って天神様へ願掛けに行く。
産土の神様にお願いするのが本筋だが、
そこは「苦しい時の神頼み」、
神様も苦笑なさっていることであろう。

○○い、○○をば受くることとはなりぬ、
故(かれ)己(おの)が
力に相応(ふさは)しく己(おの)をば
伸ばす学舎(まなびや)にしあらば、
大御蔭(おほみかげ)蒙(かがふ)らしめ給ひ、
試験(まなびぢからためし)に臨(のぞ)みても
気押(けお)さるることなく、
持てる力を悉(ことごと)出(いだ)さしめ給へと、

読み:○○い、○○をばうくることとはなりぬ
かれおのがちからにふさはしく
おのをばのばすまなびやにしあらば
おほみかげかがふらしめたまひ
まなびぢからためしにのぞみても
けおるることなく
もてるちからをことごといださしめたまへと、

(c)金子善光

受験=まなびぢからためし
合格祈願=まなびのみちのためしごえわざのみまつり
(上記金子先生)

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