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2009年6月

2009年6月28日 (日)

■2009.0629・30・0701〔病気〕

病 気

学生時代に
「歯磨きをしたことはないが虫歯は一本もない」と
自慢する友人がいた。
不思議な気がしたものだが、今にして思えば二つのヒントを含む。
一、歯並びがよかった。
二、虫歯に拘りがない。
これは生活全般にも当てはまる。
先ず心の姿勢を正すことだ。
次に悪い面ばかりを見ないことである。
心に関する研究はフロイトの精神分析以降、
大きな進歩を遂げた。
まさに病気とは心を病むことなのであった。
そこで心の姿勢が正しければ体も健康であり得る
ということになる。
その方法はいくつかあるが、古来行われてきたのが朝夕、
神様と御先祖様にお参りすることなのである。
「継続は力」、必ず納得できる日が来る。

(c)金子善光

●病気平癒祝詞の祈願句は、下記バックナンバーにあります。

http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-1123.html

蛇足@管理者N

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2009年6月25日 (木)

■2009.0626・27・28〔報賽〕

私の神社の〈神様への手紙〉箱には
時折「願いが叶いました」という感謝の手紙も入っている。
神社への願掛けは多いが、
結果を報告する人は意外と少ない。
祈りは本来「ありがとうございました」であった。
一年間家族に何事もなかった。
それぞれが健康で仕事や学業に専念できた。
交通事故に遭ったり、
面倒なことに巻き込まれることが無かった。
などは全て当り前のつもりでいるが、
実は大いに幸運なことであったのだ。
そこで神様に感謝するのが本来の祈りなのである。
これを我が国では報賽と呼ぶ。
古い神社仏閣には色々な感謝の奉納の名残が
見出される。

(祈りの言葉はバックナンバーを参照願います)

http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-f368.html

(c)金子善光

⇒上記バックナンバーは「願ほどき」となっていますが、色々とお願いしたものを一度ほどいて(クリアして)それに対して「ありがとう」(報賽)の言葉を申し上げるのが基本ですのでこれを参考にして下さい。「○○してください」「○○になりますように」をただただ神様に一方的にFAXを送りつけるイメージではなく、本来は1回に一度「ありがとう」(報賽)があるべきという考えかたによります。 質問などもお待ちしていますので書き込んでください。

※業者の不当書き込みは迷惑ですので、おやめ下さい。ニフティー事務局ほか、関係団体に取り締まりしてもらい、警察に通報します。

蛇足@管理者N

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2009年6月22日 (月)

■2009.0623・24・25〔霊祭〕プチ祝詞講座:霊祭

日本人は祖先を大切にして来た。
お盆に亡くなった人のみたまを迎えるのは、
仏教渡来以前からの信仰習慣であった。
古代中国の孔子は、祖先を「坐すが如く」
まつるべき由を説いたが、
我が国の霊祭(たままつり)にも共通する。
盆行事の送り迎えや盆棚などにも明らかに
祖霊を丁重に処遇する心が窺われる。
神道では奇数年毎に霊祭を行う。
サンパウロの日系一世の祭詞から引用してみよう。

〔プチ祝詞講座〕:みたままつり
遠地近地(をちこち)にイペの黄の
花咲き初(そ)めて春は今年も廻(めぐ)れども、
もはや還(かへ)らぬその花の散りて
影なきあはれ哀しき○○○○姫命(ひめのみこと)の
御霊(みたま)の御前(みまへ)に三年(みとせ)の
御祭(みまつり)仕奉(つかへまつ)らくと、
(中略)今は汝命(いましみこと)の高き
恐(かしこ)き神業(かむわざ)に仕奉らす
奇御霊(くしみたま)を仰(あふ)ぎ
奉(まつ)り慕ひ奉らくと、
心の海の深き懐(おも)ひに玉串取持ち
白菊黄菊も多(さは)に額(ぬか)づき
拝(をろが)み奉(まつ)る状(さま)を
愛(め)ぐしうむがしとうづなひ給(たま)ひて、

読み:
をちこちにイペのきの
はなさきそめてはるはいまとしもめぐれども、
もはやかへらぬそのはなのちりて
かげなきあはれあはしき○○○○ひめのみことの
みたまのみまへにみとせの
みまつりつかへまつらくと、
(中略)いまはいましみことのたかき
かしこきかむわざにつかへまつらす
くしみたまをあふぎ
まつりたまひまつらくと、
こころのうみのふかきおもひにたまぐしとりもち
しらぎくきぎくもさはにぬかづき
をろがみまつるさまを
めぐしうむがしとうづなひたまひて、

(c)金子善光   

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2009年6月19日 (金)

■2009.0620・21・22〔数詞〕プチ祝詞講座:数詞を使った表現

祝詞では数字を古風に読む。
たとえば平成二十一年は
「へいせいのはたとせあまりひととせ」となる。
六月三十日は「みなづきのつごもり」。
二〇〇九は「ふたちとせあまりここのとせ」。
少し厄介だが『日本書紀』を参照するのが手っ取り早い。

〔プチ祝詞講座〕:数詞の表現 例(年号)
この御社(みやしろ)はしも遠き平安の
御代(みよ)に創建(たてそめ)侍(はべ)れば
今年はしも一二〇〇年(ちとせあまりふたほとせ)の
節目をば迎へぬれば氏子崇敬者ら
相(あひ)はかり祝ひ称(たた)へ奉(まつ)らむと

読み:
このみやしろはしもとほきへいあんの
みよにたてそめはべれば
いまとしはしもちとせあまりふたほとせの
ふしめをばむかへぬればゐやまふまめびとら
あひはかりひはひたたへまつらむと

(c)金子善光

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2009年6月16日 (火)

■2009.0617・18・19〔祈晴2〕プチ祝詞講座:祈晴2

長雨は外出を阻む。
万葉集に「雨障」と書いて〈あまつづみ〉としているのは
梅雨時のことであろう。
現代人は雨靴さえ忘れて物ともせずに出歩く。
それでも農業に関わる人々には長雨は禁物だ。
そこで「祈晴」を行った。天候の回復を祈るのである。
雨が降ると海も時化ることがある。そこで航海にも晴天を願う。

〔プチ祝詞講座〕:祈晴2
この月はしも梅雨(つゆ)なれども絶え間なく下し給(たま)ふ
天(あま)つ水の繁(しげ)ければ百姓(おほみたから)ら
暫(しま)しがほど晴間(はれま)をば恵(めぐ)み給へと
   
読み:
このつきはしもつゆなれどもたえまなくくだしたまふ
あまつみずのしげければおほみたからら
しましがほどはれまをばめぐみたまへと

(c)金子善光

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2009年6月13日 (土)

■2009.0614・15・16〔祈晴1〕:プチ祝詞講座 祈晴1

奈良時代の史書を読んでいると晴れが続けば雨、
雨が続けば晴を祈っている。
農作業を行う者にとっては死活問題であるから当然である。
それが度を越すと旱魃や水害がもたらされる。
そこで神仏に祈った。
では科学万能時代に生きる私どもはどうか。
運動会や遠足の前日にてるてる坊主を作ったのは
最早過去のことであろうか。
私の奉務する神社に雹祭(ひょうまつり)を行って
いるところがある。
毎年五月二十日と決っている。
雹が降って農作物に被害が出ないように祈る祭だが、
考えは祈晴・祈雨とも共通している。

〔プチ祝詞講座〕:祈晴1
この日ごろ雨しげく降り百姓(もものおほみたから)の
作り作るもの朽ちむとす 
故(かれ)大御恵もちて疾(と)く疾(と)く雨をば
止(とど)めしめ給ひ、

読み:
このひごろあめしげくふりもものおほみたからの
つくりつくるものくちむとす 
かれおほみめぐみもちてとくとくあめをば
とどめしめたまひ、

(c)金子善光

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2009年6月10日 (水)

■2009.0611・12・13〔泣く〕:プチ祝詞講座 泣く

涙には悲しみや苦しみを和らげる効果があるという。
悲しいテレビドラマを見て涙がこぼれると
『歳のせいで涙腺が緩くなった』などと言い訳をするが、
心中に鬱積した辛さが解消されるという。
我慢などせず大いに泣けばよい。
ただし赤ん坊の場合は訴えであったり
運動でもあるというから趣を異にする。

〔プチ祝詞講座〕泣く
悲しみに打ち拉(ひし)がるる
何某(なにがし)をば 
あはれと見そなはして 
涙とともに全てを流し去らしめ給へと

読み:
かなしみにうちひしがるる
(なにがし)をば
あはれとみそなはして 
なみだとともにすべてをながしさらしめたまへと

(c)金子善光

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2009年6月 8日 (月)

■2009 0608・09・10 笑い 〔プチ祝詞講座:笑ひ〕

若いころベルグソンの『笑いの研究』という本を
読んだことがある。
面白くはなかったが「人類だけが笑う」のだという
一節は記憶に残る。
漫才や落語を聞くと面白い。
それで笑うのだと思っているが、実はそうではない。
笑うから面白くなるのだ、という。
そこで努めて笑うよう心掛ければ毎日が変わる。
病気の治療に笑いを取り入れる試みもある。
日本神話によれば、天の岩屋戸に籠った天照大御神が
岩戸を開きなさった切っ掛けは神々の笑い声であった。
地方には参列者が打ち揃って笑う祭もある。

〔プチ祝詞講座〕笑い
笑ひは生くる力の源(みなもと)なれば 
暗き世に活力を与ふる笑ひの機会をば設けしめ給ひ 
日ごとの生業(なりはひ)に勤(いそ)しみ励(はげ)ましめ給へと

読み:
わらひはいくるちからの
みなもとなれば 
くらきよにかつりょくをあたふる
わらひのきかいをば
もうけしめたまひ 
ひごとのなりはひに
いそしみはげましめたまへと

(c)金子善光

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2009年6月 4日 (木)

■2009.0605・06・07〔梅雨2〕:プチ祝詞講座:梅雨2

先日、境内の梅の木に実が付き始めた。
もう少しすると梅の実が沢山見られるようになるのだが、
しばらくすると一粒もなくなる。
たぶん梅酒か梅干にする氏子が採って行くのであろう。
このころ降るのが梅雨だ。
子供のころは外に出られないのが残念だった。
大人になると通勤の電車内で衣服を濡らされて困った。
湿度が高くなるので鬱陶しい季節だが雨期なので
農作物には恵みの雨となる。

〔プチ祝詞講座〕梅雨2
大神の恵み給ふ
天(あま)つ水を甘(あま)き水と
受け侍(はべ)りて
喜び嬉(うれ)しみ忝(かたじけな)み奉(まつ)り

読み:
おほかみのめぐみたまふ
あまつみずをあまきみずと
うけはべりて
よろこびうれしみかたじけなみまつり

(c)金子善光

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2009年6月 1日 (月)

■2009.0602・03・04〔梅雨1〕:プチ祝詞講座 梅雨1

長雨の季節は鬱陶しいが農作物には恵みとなる。
都会では長靴や雨靴が減った。
職場がビルの中なので革靴でも気に掛からないのだろう。
ただし神職に雨は禁物だ。
地鎮祭では雨で装束の糊が落ちたり
地面の泥が撥ねたりして大いに困る。
上から羽織るビニール製の雨合羽もあるが
参列者には興ざめだろうし本人も動き難い。
雨の日を避ければよいとは思うが、
先方にも工事日程の都合があるので仕方ない。
問題は土地の神様に通じるか否かだ。

〔プチ祝詞講座〕梅雨1
四季(とき)の巡(めぐ)り順調(おだひ)に、
作(つく)りと作(つく)る物(もの)を守(まも)り
恵(めぐ)み給(たま)ふ恩頼(みたまのふゆ)を、
忝(かたじけ)なみ奉(まつ)り礼(ゐや)び奉(まつ)りて、
降(ふ)らせ給(たま)ふ天(あま)つ水(みづ)は
美(うま)し佳(よ)き水(みづ)と、
歓(よろこ)び嬉(うれし)しみ戴(いただ)きて、
御神徳(おほみのり)崇(あが)め奉(まつ)り
辱(かたじけな)み奉(まつ)らくと、

読み:
ときのめぐりおだひに、
つくりとつくるものをまもり
めぐみたまふみたまのふゆを、
かたじけなみまつりゐやびまつりて、
ふらせたまふあまつみづは
うましよきみづと、
よろこびうれししみいただきて、
おほみのりあがめまつり
かたじけなみまつらくと、

(c)金子善光

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