■2009.0626・27・28〔報賽〕
私の神社の〈神様への手紙〉箱には
時折「願いが叶いました」という感謝の手紙も入っている。
神社への願掛けは多いが、
結果を報告する人は意外と少ない。
祈りは本来「ありがとうございました」であった。
一年間家族に何事もなかった。
それぞれが健康で仕事や学業に専念できた。
交通事故に遭ったり、
面倒なことに巻き込まれることが無かった。
などは全て当り前のつもりでいるが、
実は大いに幸運なことであったのだ。
そこで神様に感謝するのが本来の祈りなのである。
これを我が国では報賽と呼ぶ。
古い神社仏閣には色々な感謝の奉納の名残が
見出される。
(祈りの言葉はバックナンバーを参照願います)
http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-f368.html
(c)金子善光
⇒上記バックナンバーは「願ほどき」となっていますが、色々とお願いしたものを一度ほどいて(クリアして)それに対して「ありがとう」(報賽)の言葉を申し上げるのが基本ですのでこれを参考にして下さい。「○○してください」「○○になりますように」をただただ神様に一方的にFAXを送りつけるイメージではなく、本来は1回に一度「ありがとう」(報賽)があるべきという考えかたによります。 質問などもお待ちしていますので書き込んでください。
※業者の不当書き込みは迷惑ですので、おやめ下さい。ニフティー事務局ほか、関係団体に取り締まりしてもらい、警察に通報します。
蛇足@管理者N
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コメント
御礼の手紙が来ると言う事は「困った時の神頼み」じゃない人もいらっしゃるんですね。金子先生の御人柄による部分も大きいのでしょうが。
投稿: 金ピカ先生 | 2009年6月25日 (木) 08時17分
本題とは異なる質問なのですが、先日明治神宮に参った際に教育勅語を配布していたので頂いて来ました。
読んでみるとありがたいように聞こえるのですが、その実現代人にはわかりにくいようです。これは祝詞(やまとことば?)とは違うと思われますので適当でないかもしれませんが、是非ご解説
頂ければと思います。
投稿: miyosi55 | 2009年6月29日 (月) 21時40分
教育勅語についてお答えします。
明治維新後の新政府は、江戸時代の儒教道徳とは異なる、新時代に相応しい生きる指針を掲げようとしました。
これに従い元田永孚が、原案として古来の価値観や儒教の考えを踏まえて作り、明治天皇がおだしになったものが教育勅語です。
漢文訓読体の文章は簡潔で便利でした。
そこでこれは後に敗戦するまで公文書にも用いられていました。
ところで、維新後は欧米からキリスト教を精神的支柱とする人々がやって来ました。
新政府の下、日本人が団結するためにも、教育勅語は有効な拠り所となりました。
しかしGHQの発した神道指令で禁止され、公的に顧みられなくなります。
これを遺憾として、明治神宮では和文と英文とを併記した冊子を配布し、啓発を試みていられるのです。
投稿: 金子善光 | 2009年6月30日 (火) 12時47分